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カルピスの旧マーク

「奪われた風景」




 僕が育った渋谷区恵比寿はカルピス本社の「お膝元」です。僕の実家の隣の隣にはカルピスの大きな倉庫がありましたし(今は銀行になっちゃっています)、幼少期には町のあちこちにカルピスの広告が設置されていました。なので、あの旧カルピスマーク、ちょっとトロピカルかつジャジーな雰囲気の黒人キャラがグラスからストローでカルピスを飲んでるイラストは、ものごころがついたころから目にしてきました。原体験、いえ、「原イメージ」みたいなもので、企業ロゴのなかではもっともお気に入りのひとつでした。恵比寿というと、今では「サッポロビール(つまりエビスビール)」の「お膝元」という印象が強いと思いますが、僕にとっては「カルピスの町」の方がシックリきます。

 80年代初頭のころかな、恵比寿駅を降りたとたんに目に入るビルの屋上に、巨大な旧カルピスマークのネオン看板が設置されていた時期がありました。モノクロを基調としながら、ロゴの部分のみに少しだけ使用した青がアクセントになっているシンプルなネオンのデザインは、かなりのデキだったと思います。特に夕暮れ時の空に映えました。当時、僕は高校生でしたが、学校から満員電車に乗って帰宅し、駅を出てあの看板を目にするたびに、「あ、恵比寿に帰ってきたな」みたいな、ちょっとホッとした気持ちになったものです。

 ご存知の通り、その後、あのマークは「差別的」とされて、全面廃止になりました。



 あれが本当に「差別的」なのかどうかは僕には判断できませんし、もし「差別的」であれば廃止は当然のことだと思います。が、廃止になった経緯は、詳しくは書きませんが、ほんの数人の日本人で構成される団体の抗議によるもの……というのが定説になっています。80年代はこの種の抗議運動が非常に盛んになった時期で、多くの企業側もそれに対して敏感に反応しました。同世代なら、この時期に『ちびくろサンボ』や『ジャングル黒ベエ』、タカラのダッコちゃんマークなどがいっせいに「なかったことになった」のを覚えているでしょう。

 後に『ちびくろサンボ』は多くの人々の尽力で絶版状態から救いだされました。救おうとした人々の主張も、それを待望していた人々の主張も、ごく正統で、マットウなものだったという印象があります。この復活劇を見ると、「なかったことになった」いくつかのものについても、どうして「話し合い」をしなかったのかな? と単純に思ってしまいます。



 「差別的」な意思がなかったのなら、主張はできたはずです。日本人=「カメラ、出っ歯、メガネ」というように、他民族をイラスト化する場合、ある部分をカリカチュアするのはポップなイラストレーションの技法としての伝統で、であれば、どの要素を「差別的」とするのか、というところに「話し合い」の余地はあったはずだと思います。もちろん、それは平行線をたどるでしょうが、それをしないまま「はい、じゃ、廃止で」では、「この民族をイラスト化してはいけない」という暗黙の了解を蔓延させることになり、それこそ強力な「差別」意識を助長してしまうことになるような気がします。
 「話し合い」が表面化すると企業側に「リスク」が生まれる、ということだったのだと思いますが、彼らが恐れた「リスク」ってなんだったのでしょう?

 僕の個人的な印象ですが、パワフルなデザインが生まれる時代は70年代後半で「終了」してしまったと思います。この時点までは、かろうじてデザイナーはアーティストであり、「個人プレー」が許されていました。また、企業側もデザインの力を信じきっているフシがあり、ワンポイントの小さなロゴでさえ、ファインアートの分野で活躍する大モノ作家に発注する、なんていうケースも多かった。80年代以降、モノのデザインは「合意」で決まることが増えてしまったと思います。広報のあの人はこう言ってるし、営業はこう言うし、で、ディレクターの馬鹿野郎はあんなことを言うし……みたいに「それぞれの立場」の意見をボンヤリと反映し、なんとなくの「落としどころ」(最悪の言葉です)を見つける。この愚劣な作業に、多くのデザイナーの労力が裂かれているように見える。で、できあがるデザインは、いろんな人の意見を反映してしまったからこそ、誰の意見も反映していない、誰にも満足できないものにもなってしまう……という悪循環。

 ステキなデザインってのは、それ自体、時代の要素や文化的な背景などが偶然に化学反応を起こして生まれる「奇跡」のようなものだと思います。捨てちゃっても、また同じクオリティのものをつくればいい、ってわけにはいかない。実際、現在のカルピスのロゴや、タカラトミーのロゴ、印象に残ってる人っています?


(2010.2.3)




旧カルピスロゴマーク。南国っぽさより、ニューオーリンズ的な都会的雰囲気が漂う絶妙なデザイン。



ご存知「だっこちゃん」をモチーフにした旧タカラのロゴマーク。「サイボーグ1号」「ミクロマン」で育った僕ら世代には「ワクワク」の象徴でした。




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