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『はいからさんが通る』
「♪ごきげんいかが、紅緒です」





 僕の小学生時代はベッタベタの少女マンガ全盛期でした。

 特にすごかったのが『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ作・1975年)の人気。
 今でも覚えているのは、隣の席のハセガワカオリさんがモーレツな『キャンディ』マニアだったこと。国語の時間に書かされた「将来なりたい職業」というテーマの作文で、「看護婦さんになりたい。そして戦争などで負傷した人を助けたい」みたいなことを大マジメに書いていました。
 たぶんその「戦争」って「南北戦争」なわけで、ハセガワさんがなりたいのは「看護婦さん」じゃなくて「キャンディス・ホワイト」なんですよね。普段、ものすごくクールで聡明な彼女に、ここまで非常識な作文を書かせてしまう『キャンディ・キャンディ』ってスゴイ作品なんだろうなぁ、と思いました。
 ハセガワカオリさん、今なにをしていますか? 「キャンディス・ホワイト」にはたぶんなれなかったとは思いますが、「看護婦さん」にはなったのでしょうか?

 当時の少女マンガって男の子には近づきがたかった、っていうか、当時って、男の子が少女マンガを読むなんてことは許されない、みたいな風潮がありましたよね。結局、僕は『キャンディ・キャンディ』を読んでいません。

 小学生時代の僕が唯一ハマることができた少女マンガは(楳図かずおを除外すれば)、『はいからさんが通る』(大和和紀作・1975年)。土曜日の夜にやっていたアニメを先に見て、かなりスラップスティックなギャグマンガだったので男の子にも入りやすかったんです。
 そしてもうひとつ、クラスメイトのマツカワミカさんの影響が大きかった。

 マツカワさんがまた強烈な「はいからさん」フリークで、「一番の好物はつくね!」(つくねは「はいからさん」の主人公「紅緒」の大好物)と言い放ち、お弁当持参のときは本当に毎回つくねを持ってきていたんです。キャラが憑依していたんですね。
 それだけなら無害なんですけど、もともとマツカワさんは運動神経抜群で、活発というか、多少暴力的なところがある子で、僕などはよくドッジボールで顔面に剛速球をヒットされて泣かされていました。
 この生来の暴力性がさらに「紅緒」の暴力性の影響を受けて(「紅緒」はケンカが強く、ヤクザの集団をひとりで粉砕したりする)、極端にバイオレントな行動に走るようになったんです。人に声を掛けるときも、いきなり「おいっ! ケンタッ!」とうしろから思いっきり頭をたたいたりするので、これは非常に迷惑でした。
 「ケンタ」というのは彼女が僕に勝手につけたあだ名で、もともとは彼女の飼っている犬の名前なんです。これもひどい話だと思います。

 僕はマツカワさんを以前から密かに崇拝していました。
 本当に少女マンガの主人公になりそうな、ちょっと特別なところのある子でした。先述通りのオテンバなんですが、めちゃめちゃ勉強ができて、明るくて社交的で誰とでもスムーズに仲良くなる。とても正義感が強くて、クラスでいじめなんかがあると、孤立してでも断固不正をただそうとする。絵に描いたように「まっすぐ」なんです。で、これまた絵に描いたような話ですが、お父さんが貿易商かなにかで、すっごくお金持ち。

 スーパーカーブームまっただなかの頃のある日のこと、友達との下校時、アルファロメロが走ってきたのでみんなで大騒ぎしていると、その車窓からひょっこりマツカワさんが顔を出し、「おーい、ケンタ!」と手を振ったのでビックリしたことを覚えています。

 こういう「生粋のヒロイン」みたいな人が現実にいるんだなぁ、とすっかり「マツカワ教」信者になっていた僕は、彼女が「おもしろい!」と言う『はいからさんが通る』は絶対に「おもしろい!」はずだ、と思うようになったわけです。

 ほぼ30年ぶりに『はいからさんが通る』を読みなおしてみたんですが、メチャメチャなストーリー展開と投げやりで暴力的なギャグの印象は子供のころと変わっていませんが、ある種の暗さと、ちょっとした社会性というか、女性の権利をめぐる「闘争」……といっては大げさですが、そのあたりのことがわりとちゃんと描かれていたんだな、というところが気になりました。少女マンガは少年マンガより常に「高度」だ、ということはよく言われますが、確かにこういう部分、当時の僕にはまったく読み取れませんでした。僕はただ、「紅緒」のメチャメチャぶりをおもしろがってただけだった。

 当時10歳だったマツカワミカさんが、『はいからさんが通る』のどこにあんなに惹かれていたのか、あらためて聞いてみたい気がします。

 小学校卒業後、彼女は私立の中学に進んで、僕は区立に行ったので、ほとんど会わなくなりました。それでも何度か、なぜか決まって夜、僕が我が家で飼っていた犬の散歩をしているときに、バッタリ出くわすことがありました。暗がりで顔がよく見えず、訝しげな顔で近づいてきて、「あれ? ケンタ?」なんて声を掛けてきたことをやたらとハッキリ覚えています。
 そのうちに、そういうこともなくなって、今はどこでどうしているのか、まったくわかりません。ただ、どこにいても、毎日を楽しく、相変わらずまっすぐに、そしてかなりメチャクチャに過ごしているだろう、という確信はあります。

 アニメ版『はいからさんが通る』のエンディングのテーマが大好きです。あれを聴くと、今でもあのころの土曜日の夕方にもどってしまいます。

♪ご機嫌いかが、紅緒です
「はいからさん」と呼んでください
好きな人には素直になれず
悩み多き年頃です

 ご機嫌いかが、マツカワミカさん。
 なんとなくですが、今、あなたは日本にいないような気がします。ロシアあたりで暴れているんじゃないでしょうか?


(2009.4.23)


はいからさんが通る(1)


はいからさんが通るぬり絵

















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