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その昔、街のあちこちで「新堀ギター」というカンバンを見かけました。いや、今でもときおり見かけますよね。 実家のある恵比寿、渋谷あたりでもよく目にしましたが、ちょっと遠出をしたときなど、思ってもみない場所で見つけたりしてビックリすることもありました。 子供のころ、僕はどうもあのカンバンが好きになれませんでした。 あの黒と赤の文字が、学生運動の「立て看」に描かれる独特の字体(「ゲバ字」というらしい)に似ているからかも知れません。「戦え!」とか「粉砕せよ!」みたいな血なまぐさいアジテーションを連想してしまうのかも……とも考えましたが、僕は全学連を知らない世代だし、まして「右」も「左」も区別の付かない小学生のころのことなので、そういうわけでもないらしい。 おそらく、字体、文字のデザインがそこはかとなく与える恐怖というものがあるのでしょう。あの「新堀ギター」の文字は、子供の目には明らかに怒っている、もしくは人を威嚇しようとしている、あるいはなにか呪詛のようなものを静かに投げかけている……ように見えてしまいます。少なくとも、ニコニコした優しそうな人が書いたとは思えなかったんです。 あのカンバンは、ある種の地下秘密組織的なものが日本中の町々に張り巡らした「隠しメッセージ」のようなもので、あれによって団員同士の間で重要かつ極秘の指令がやりとりされているのではないか? 小学生時代の僕はそんなことを漠然と想像していたのかも知れません。 中学にあがってから、転校生のN妻君が「新堀ギター」でクラシックギターを習っているということを知り、「新堀ギター」は「ギター教室」であるというあたりまえの事実になぜだか少々ガッカリしたことを覚えています。 ちなみに、「新堀ギター」は正式名称「新堀ギター音楽院」。 文字は新堀院長自ら手書きでデザインしたもの。かつて全盛を極めたシネマスコープ(昔の大作映画の定番だった横長サイズのスクリーン)をヒントにしたとのこと。シネスコのスクリーンにいっぱいに映画のタイトル文字を写すと、文字の全体が曲面状にゆがんで見える。このタッチを表現したものだったんですね。 子供のころは恐かった「新堀ギター」のカンバン、大人になった今は大好きです。
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