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おばけ電話

「“114”は不吉な番号」




 小学校に上がると、子どもたちは「友だちに電話をかける」ということをするようになりますね。これはなかなかな緊張感のある作業でした。電話に出た友達の親に、「もしもし、○○ですけど、○○君いますか?」なんてオトナびたセリフを言わなければならないのは、なんだかちょっと気恥ずかしかったし、演技を強要されているような感じがあって、よく声がうわずっちゃったりしたのを覚えています。

 小学校の3年くらいのことだと思いますが、あんまりおおっぴらに書くべきとではありませんけど、クラスでイタズラ電話がちょっとしたブームになったことがありました。
 暇なときに家の電話でイタズラ電話を楽しむ単独犯も多かったようですが、わざわざ友だちの家に集まってみんなで犯行に及ぶ、なんて子たちもいました。今考えればとんでもないことですが、ちょっと情状酌量の余地があるのは、あの時代のあの年頃の子どもたちは、なんとなく電話というものに対して、一種の恐怖感というか、違和感というか、そういうものを感じていたような気がします。電話は確かに友達とつながることのできる機械ではありましたが、個と個が直接に接続される携帯電話とは違って、黒電話は「社会」、もっといえば「オトナたちの社会」につながっているもの、という性質がより強かった。それを使う際には問答無用で「オトナ社会」の礼儀やマナーを押しつけられるわけで、子どもたちは無意識のうちに電話を「緊張を強いる不気味な機械」と捉えていたのではないかと思います。で、イタズラ電話は、なにかそういう抑圧に対するちょっとした復讐というか、「オトナ社会」にむかってペロッと舌を出すささやかなゲリラ戦、みたいなものだったのではないかと。

 ともかく、イタズラ電話愛好者たちは、自分が考案したオリジナルのイタズラ電話メソッドを、よく教室で披露しあっていました。
 たとえば、めちゃめちゃな番号にかけて相手が出ると「もしもし、どちらさまですか?」とこちらからたずねる、とか。あるいは「今、何時ですか?」っていうのもありました。「我々ハ宇宙人ダ」ってのもあったなぁ。あと、手が込んだものになると、テレビドラマなどの音声をテープレコーダーに録って流す、なんて子もいました。悪質だなぁと思ったのは、テレビから録音した赤ちゃんの泣き声を延々と流す、というヤツ。これはかなり不気味で後味の悪いイタズラだと思います。

 そういうイタズラ電話ブームのころ、「おばけ電話」のウワサが教室にひろまりました。
 霊界につながる番号があって、そこにかけても誰も出ない。しかし、受話器を置いてしばらくすると、誰かから折り返し電話がかかってくる……。
 僕ら世代は、特に男子なら誰もが知っていると思いますが、その番号は、数字の並びにもちょっと不吉な雰囲気が漂う「114」。

 それを聞いた僕らは、当然「ホントかよ?」となり、アズミ君という友だちの家に集まって試してみました。ただ、別に僕らは霊現象を本気で期待していたわけではありません。おばけから、あるいは霊界から電話がかかってくる、というウワサは、さすがに子どもでもやはり馬鹿馬鹿しい。
 僕たちが期待したのは、電話というシステムに一種の裏ワザというか、今で言えばバグのようなものが存在するのかもしれない、ということでした。そういう「秘密」があるなら、ぜひ知っておきたい、と思ったわけです。

 アズミ君は「114」をダイアルし、チンと受話器を置きました。
 なにも起こりません。
 「なんにも起こらないじゃん」と誰かが言ったとき リン!と短いベル音が電話機から聞こえ、それから続けてリリリリリリリ!とベルが鳴り響きました。僕たちは跳びあがるほどびっくりしましたが、慣れているらしいアズミ君は平気な顔で受話器を取って、「ほら、誰も出ない」と僕たちに差し出しました。
 僕らは神妙な顔で順番に受話器を耳に当てました。無音のなかに、かすかにジジジ…という機械音が聞こえていたのを覚えています。受話器の向こうにおばけがいる、とは思いませんでしたが、なにかしら機械のシステム上の問題でこうなるのだろう、と判断はしていても、誰かが、あるいはなにかが僕たちに電話をかけてきたことは事実で、受話器の向こうで息を潜めている「相手」を想像すると、背中に鳥肌がたちました。


 実はこの「114」、当時は電話開通確認のための作業用電話番号だったそうです。通常のようなリリリリリ、リリリリリというベル音ではなく、リリリリリリリリという連続したベル音が特徴。僕らの時代は受話器を取っても無音でしたが、時代によって「開通試験に成功しました」的なアナウンステープが流れることもあったそうです。


 ちなみに、現在の「114」は「お話し中調べ」の番号となっているようで、電話が折り返しかかってくるというギミック(?)は廃止になってしまいました。

(2010.2.21)



114をダイアルして、しばらくジッと待つ。この数秒間が「おばけ電話」の醍醐味。「リリリリ…!」とベルが鳴りだすと、わかっていてもやっぱりビックリしちゃう


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