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僕はこのグラスのことをずーっと「ゆらゆらグラス」だと記憶していて、いくつかの自分の本にもそう書いてしまっているんですが、先ごろ、某レトロショップで再会して確認したところ、「くるくるグラス」が正式名称でした。
「くるくるグラス」は1977年の「リボンシトロン」のノベルティです。 これも記憶がおぼろげですが、たしか「リボンシトロン」を半ダース買うと、箱に入った2個セットのグラスがついてくる……という形式だったと思います。 かつて、ジュース類の販売にはガラス瓶が6本収納できる紙製の手提げがよく用いられていましたが、あれを買うとノベルティがもらえるというキャンペーンを各社がこぞって展開していました。 キャンペーン期間はノベルティをPRするCMもガンガン放映されて、「サントリーエード」のト音記号の形のストローとか、見たとたんに「ほしいっ!」ってなっちゃう魅力的なモノがたくさん製造されていましたね。 「リボンシトロン」のノベルティは、基本的には毎回「リボンちゃんグラス」だったと思います。単に「リボンちゃん」がプリントされているグラスで、期間ごとに絵柄が変わる程度の凡庸なものでした。 が、なぜか77年だけは、社内に極めてアナーキーな思想を持つ社員でもいたのか、異様なほど挑戦的な企画が通ったようです。そして生まれたのが、この「くるくるグラス」。
どんなものかというと、グラスの底がかすかに丸くふくらんでいて、テーブルに置いても安定しない。いわゆる「起き上がりこぼし」のようにユラユラと揺れる んです。その様子をCMでみたとたん、僕は案の定「うわ、すげぇ! ほしいっ!」となって、親にねだって近所の酒屋で「リボンシトロン」を購入、即座に 「くるくるグラス」を手に入れました。 CMを見たときから、そこはかとない危惧はありました。 つまり、あのグラスってけっこう危ないんじゃないかな?……という予感です。液体を満たすためのグラスをわざわざ不安定にしているわけですから、これを「おもしろい」と考えるか、「悪質な嫌がらせだ」と考えるかは微妙なところです。 初めて使った瞬間は感動しました。 ボトルから「リボンシトロン」を注ぐと、CMと同じようにちゃんとユラユラと揺れます。「わーっ、おもしろい!」と手を叩いて喜んだわけですが、子どもっ てのはそれで納得しておとなしくジュースを飲んだりはしない。「すげぇ!」とか言いながら、指でつついてさらに激しく揺らしたり、コマのようにクルクルッ と回したりして(名称から考えると、「揺れる」ではなく「回る」に主眼を置いて設計されているようですね)遊びまくるわけです。
で、当然、起こるべくして「惨劇」が起こりますね。 説明するまでもないですが、グラスがカタンと倒れ、中身の「リボンシトロン」はジャバーッとぶちまけられる。もちろん母親は「ちょっとっ! なにやってんのよっ!」と怒鳴る。昼下がりの「おやつの時間」は一瞬にして修羅場と化す……。 この「惨劇」が多くの子どもたちの身に降りかかるであろうということは、もう「くるくるグラス」が企画された段階で決まっていたようなものです。 当時、「なんでこんな危険なグラスをつくったんだ!」というクレームがメーカーに殺到したという話は耳にしませんでしたが、現在なら間違いなくそうなるでしょう。というか、今ならこのグラスの企画はそもそも通らないでしょうね。 コンプライアンスとリスク回避しか考えない上層部によって、企画を出した社員は「あいつは危険思想を持ったテロリストなんじゃないか? 内部から会社を破壊しようとする工作員なんじゃないか?」などとあらぬ疑いをかけられ、減俸、あるいは地方工場勤務に左遷された上、同僚にも「あの人とは口を利かないほうがいいよ。俺たちまで上から睨まれるぜ」などと陰湿な陰口を叩かれ続け、ついにはいたたまれなくなって退社 → 一家離散 → ホームレスになる → 社会への不満が高まる → 本当にテロリストになってしまう……みたいなことがないとは限りません。 大企業でありながら、こういうエッジーなノベルティを勇敢にも世に出してくれた当時のサッポロに心より敬意を表したいですし、それをなんとなく許していた昭和の時代のユルさはやっぱり素敵だったと思います。 ちなみに、我が家ではその後も「くるくるグラス」を使う度に僕が「わぁ!」とかはしゃいで「ジュースぶちまけ」を繰り返したため、ついに母親は激怒して「使用禁止令」を発令し、「くるくるグラス」は永久に戸棚の奥に封印されました。 言っておきますが、母親が激怒したのはグラスにではなく僕にです。 「バカみたいにはしゃいでグラスをひっくりかえすあんたが悪い!」というわけで、もちろんメーカーに電話してクレームを付けるなんてことはありませんでし た。そういう大人って、当時はいなかった……とは思いませんが、いたとしたら「ご近所の変わり者」扱いされている類の人だったと思います。 (2016.6.25) |
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