初見健一のweb site * 東京レトロスペクティブ



シチズン「砂時計」

「3歳児の3分間」




 たぶん、これを見ても誰も「懐かしい!」とはならないと思うんですが、シチズン製の砂時計です。


 はっきりとはわかりませんが、おそらく70年代前半の商品。幼稚園に入るか入らないかってころに入手しました。実家に帰れば別ですが、今の僕の家にあるモノのなかでは「最古」だと思います。



 その昔、実家のすぐ裏に時計屋さんがありました。個人経営の時計屋さん、むかしは東京の商店街には必ずありましたよね。「田中時計店」とか。あるいは「田中時計眼鏡店」とか。なぜか時計屋さんってメガネ屋さんを兼ねている店が多かった。メガネマークの看板とかを掲げちゃったりして。今もこういう店、けっこう残っています。

 で、幼児の僕はよく時計屋さんのウインドに顔をくっつけて、ガラスの向こうでカチコチ動いている時計たちを見つめていました。動く精密機械って、やっぱり男の子はひかれちゃうんですね。


 ある日、ウインドウの向こうに見慣れないものをみつけた。それが、この黄色い砂時計。どういう理由だかわからないけど、どうしても欲しくなって、それから何日間も、ウインドウの向こうの砂時計をだたジーッと観察しにいく……という行為を続けました。

 しばらくして、母親とお使い帰りかなんかに時計屋さんの前を通ったとき、思いきっておねだりしまた。
「あれ、ほしい。買って」
 オモチャなどのおねだりにはいっさい応じなかった母でしたが、たぶん、「なんで砂時計なんかほしがるんだろう?」と不思議に思ったんでしょう、いつものように「ダメ!」とはねのけず、ただ不思議な顔をしていました。



 ここからの記憶がはっきりしないんですけど、この砂時計、商品じゃなかったような気もするんですよね。店頭ディスプレイ用だった記憶がある。「あれは売りものじゃないのよ」と母親に言われた覚えもあるんですが、やっぱりその辺の細部がどうしても思い出せない。売りものじゃないと思っていたら売りものだった、という記憶もあるなぁ……。

 とにかく、ねだったその日だったか、後日のことだったか、母が僕を連れて時計屋さんに入って、「子どもがあれを欲しがっているんですが……」みたいに店のご主人に頼んだのは覚えている。で、買ってもらった、あるいは、売りものじゃないものをゆずってもらった……んだと思います。


 それからの数日間、「変な子ねぇ」と母が不思議がるのを尻目に、手に入れた砂時計を眺めてはひっくり返し、ひっくり返しては眺める、ってことをしていました。

 この砂時計は3分計。3分間のクライマックスは、砂が落ちきる直前からの数秒間なんです。残り少なくなった砂にあり地獄のような穴ができて、ああ、砂が残り少なくなってきたなと思っていると、シュッと一瞬ですべてが消えてしまう瞬間。なにか、ブラックホールのような不思議なものを見た気になれる。


 そのクライマックスが見たくて何度も砂時計をひっくりかえすんですけど、3分って、子どもにはかなり長いんですよね。「まだかなぁ、まだかなぁ」なんて思いながら、ちょっと飽きてきて、よそ見しているうちに終わってたりする。「えー、また3分待つのかぁ……」なんて思って、またひっくりかえす。

 あのときの3分は本当に長かった。1日はもっと長かった。朝起きたとき、夜のことなんて遠すぎて考えられなかった。1週間なんて、狂おしいほど長かった。「誕生日のプレゼント、ちょっと早めにちょうだい」なんてねだって、「あと1週間でしょ? ガマンしなさい!」なんて言われても、とても人間がガマンできる時間だとは思えなかった。1カ月は果てしなかったし、1年はもはや「永遠」でした。

(2009.12.21)



透明樹脂製。幼少のころは、真空の小さな空間の中に時間が閉じ込められている……みたいなことを考えて、ちょっと神秘的なモノに見えた。よーく見るとわずかに歪んでいるので精度は低そうだけど、ストップウオッチで計って見たところ、ジャスト3分! さすが高度成長期の技術力ってところ?


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