初見健一のweb site * 東京レトロスペクティブ | ||
|
|
|
||
*関連トピック:ふくろうの本『わたしは幽霊を見た』 |
講談社の「ふくろうの本」についてはココでも語っているの
ですが、いわゆるサブカル的文脈ではなく、文学、というか小説に関する思い出として、もう一冊、「ふくろうの本」を紹介しておきたいと思います。 僕が本好きな子どもになったのは、幼少期に読んだ数冊の本 が影響していると思うのですが、その中でも強烈な印象 を残したのが、7歳のときに出会った「ふくろうの本」の1冊、小松左京著『宇宙人のしゅくだい』でした。これがあまりにもおもしろくて、というか、今まで 読んできたどの本ともまったく異質な感触にビックリして(たぶん、それ以前は“昔話の絵本”の延長的な作品しか読んでいなかったと思います)、以降、「ふ くろうの本」にラインナップされていたウェルズなどの怪奇小説的SF作品を集中して読むようになった記憶があります。 『宇宙人のしゅくだい』は、小松左京氏が得意としていたブ
ラックなオチを持つSFショートショートを、子ども向
けにアレンジしたような短編小説集です。あくまで子ども向けなので、教育的主題を内包した道徳の教科書っぽいストーリーラインの作品もあるにはあります
が、それでもすべての作品に「はっ!」とするようなどんでん返しが用意されていて、なかには小さな読者を奈落のそこに突き落とすような冷たくて鋭い展開を
持つお話しも多く含まれていました。 いわゆる子どものためのお話、特に僕がそれ以前に読んでい
たような昔話を簡略化した「童話」には、基本的に「破
綻」は禁物で、プロローグからエピローグまで、「わからせるため」の計算がきっちりと施されています。無意味な文章は一文も挿入されておらず、同時に言葉
足らずにもならないように、完全な理解のために過不足のない文章で構成されています。もちろん、昔話や絵本にも不気味なほど不可解な作品が実は無数にある
のですが、「子どもの読書教育」がやけに注目されていた70年代当時(「ブックローン」など、童話の定期購読が一種のブームになっていた時代です)、子ど
もたちが手にする本は、「常識的」な著者や編集者の手でリアレンジされ、現代風にパッケージングされた昔話集(原典から不可解な部分をすべて削除したよう
な)や、あまりに「わかりやすい」創作童話が多かったんです。 昨今、すでに壊滅しているはずの大人向け「純文学」とやら
の分野においてさえ(というか、エンタメ系やミステ
リーよりも特に「純文学」の分野で)、「小言」に還元される作品が増えているような気がします。しかも、その「小言」が年々凡庸化していて、「あなたは一
人じゃない!」(笑)とか、「母なる自然を大切に!」(笑)とか、「よさげ」であるという以外にはいっさいの意味をもたないフレーズを無邪気にふりかざす
のは小4ぐらいで卒業しとけ……とかいう「小言」はこの際、どうでもいいことですね。 『宇宙人のしゅくだい』にも、ほぼすべての短編に「小
言」、つまりテーマが内包されているのですが、テーマに還
元しきれいない「わからなさ」、書かれている文章からはみ出す「ぞわぞわ」とか「もやもや」があまりに多くて、それが子どもだった僕には本当に新鮮でし
た。なにからなにまでを逐一説明してくれる先生のような本ばかりに囲まれていた自分にとっては、謎めいた言葉を残してフッと消えてしまう異質なもの、それ
こそ「宇宙人」と出会ったような気分になったことを覚えています。 先日、三十数年ぶりに『宇宙人のしゅくだい』を読み返して
みたのですが、懐かしいといった感慨とはまったく別の
衝撃に襲われました。初めて読んだときのショックがそのまま自分の脳内に残っていて、そのデータが瞬時にリロードされたような違和感。まさに7歳だったあ
のころにタイムスリップして、あの感覚を追体験しているような錯覚。本が与える感動、もしくは「傷」って、こうまで深く、こうまで治癒されずに残るんだ
なぁ……と、あらためて再認識しました。 特に、タイトルにもなっている一編「宇宙人の宿題」を読ん
だときは、なんだかひどくうろたえてしまいました。 「(略)
平和な宇宙に、戦争やにくしみをもちこまれてはたまらない。だから、いまのうち、地球をほろぼしてしまおうか、と思っている。−どうだね?」 宇宙人は攻撃を躊躇し、とりあえずヨシコが大人になるまで
待ってみるという選択をします。つまり、それがヨシコに、そして人類に課せられた「宿題」というわけです。 物語のラスト、意識を失った状態で家に帰されたヨシコは、
目覚めてすぐ、お父さんとお母さんに「わたし、地球を
すくったのよ!」と言います。そして、宇宙人と交わした約束、つまり「宿題」のことを伝えます。しかし、大人たちは「熱のせいだ」と言って相手にしてくれ
ません。そして、大人たちの次のセリフで物語は終わります。 「こ わいゆめも、すぐわすれるでしょう」 この、ヨシコが「宿題を忘れた大人」になってしまうかもし
れないことを暗示するセリフは、この短編を読み終えて、「僕なら絶対に忘れないゾ!」などと本気で思うことのできた無邪気でアホなガキ時代よりも、大人に
なった今の方がよりいっそう禍々しく響きます。 |
|
初見健一のweb site * 東京レトロスペクティブ | ||
|