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少年少女講談社文庫(ふくろうの本)
『わたしは幽霊を見た』

お行儀のよい幽霊譚集

*関連トピック:ふくろうの本『宇宙人のしゅくだい』




 少年少女講談社文庫という児童書のシリーズをご存 じでしょうか? 「文庫」といってもハードカバーの単行本。シリーズの目印となっているマークから「ふくろうの本」の愛称で呼ばれていましたが、河出から 現在刊行されている同名シリーズとはまったく別。1970年代から80年代初頭まで続いたシリーズです。

 感じとしては、いわゆる“正統”な児童書(岩波とかポプラ社とか)と、怪奇系児童書及びサブカル児童書(小学館のなぜなにとか入門百科とか)の中間に位置するようなラインナップが特徴でした。
 全体が「名作と物語」「伝記と歴史」「科学・記録となぞなぞ」「図鑑と図解」というカテゴリにわけられていて、たとえば「名作と物語」にはヤンソンの 『ムーミン』シリーズとか、マーク・トゥエインの『トムソーヤ』、漱石の『坊ちゃん』など、王道路線がバッチリ入っています。「伝記」にしても『野口英 世』や『エジソン』、「科学」なら『シートン動物記』などがソツなくラインナップされていて、学校図書館などにも違和感なく収まることができるシリーズで した。

 ただ、かなりマンガチックだったりグロかったりする表紙カバーのデザイン、そして、シリーズのそこここ(特に 「科学・記録」内)に「四次元」「幽霊」「忍者」「スパイ」などのテーマがあったりして、それなりにサブカル臭を漂わせていました。こうしたオカルト系タ イトルも、小学館が得意としていたような「インパクト至上主義」的な攻撃力を持っていたわけではなく、内容的にもかなりしっかりと「読みもの」としてのク オリティを維持していたと思います。

 僕はシリーズ内のタイトルのいくつかにトラウマを植えつけられていますが、それも、たとえばウェルズの『透明人 間』や『宇宙戦争』などのSF、大人っぽいブラックなショートショートが含まれていた小松左京の『宇宙人のしゅくだい』、ポーの作品が不気味な挿絵ととも に掲載されていた『怪談』、太古の呪いを扱ったノンフィクション『ツタンカーメン王のひみつ』などで、どれもトンデモ本ではなく、出自の正しい「読みも の」の迫力に打ちのめされた形でした。

 つまり比較的おとなしめのシリーズだったわけですが、それでも、僕を含めて多くの子どもたちにガツン!と衝撃を与えた1冊があります。
 当時、かなり売れたらしいので、覚えている人も多いでしょう。それが、ここに紹介する『わたしは幽霊を見た』(村松定孝)。

 村松定孝氏は、小泉八雲の研究や児童文学の翻訳で知られる近代文学の研究者。八雲の流れからか、幽霊的なものに も関心があったようで、自身もある種の霊体験(らしきもの)を持っていたようです。少年少女講談社文庫のシリーズにも、もう1冊『きみは幽霊を見たか』と いう作品を提供しています(こっちはまったく覚えてません。未読かも)。

 で、『わたしは幽霊を見た』に多くの子どもが震撼した最大の要因は、口絵部分に掲載された幽霊のスケッチ。「大 高博士」なるお医者さんがとある病院で実際に目撃し、その直後にスケッチした「亡霊」の姿……として掲載されています。これがもう、年端のいかぬガキども にはなんとも衝撃的でした。今見るとただの「ヘタな絵」なのですが、それでも尋常じゃない迫力があります(オトナが書いたとは思えぬ)。
 この絵についてはライターのファンキー中村氏がネットラジオで力説したりして、一時はweb上でも熱い話題になっていました。

 本文の内容は、村松氏の体験談、及び氏の知人の体験談を、当時としても「ちょっと古風」と感じられる文章でつ づったもの。「です」「ます」調で子どもに語りかけるような文体がなんだか昭和の道徳の教科書っぽくて、しかし、その淡々とした控え目な感じが、インパク ト重視の幽霊本とは一線を画したほのかな恐怖を醸しだします。エピソード自体もかなり控えめで、ヒネリの効いたものや、稀有なパターンなどはまったくない んですが(正直、話の構造はあまりに凡庸)、そのあたりの消極的な感じも、自分の体験や他人に取材した逸話を、極力脚色なしで形にしたのかなぁ、と思える リアル感につながっているようです。

 また、表紙や本文の挿絵を描いているのが著名な挿絵画家・堂昌一氏。氏の、これまた「ちょっと古風」な挿絵が魅 力的で、ビジュアル的にも素敵な本に仕上がっています。現在の“実話系”露悪趣味とも、70年代に台頭したサブカル系トンデモ感とも無縁な味わいを堪能で きる貴重な一冊。

(2010.8.22)


古書で再入手した現物には、残念ながらカバーがありませんでした。が、表紙絵もいい感じ


これが問題の衝撃イラスト。あえて小さく掲載


堂昌一氏の挿絵。昭和の週刊誌の連載小説と教科書の挿絵のテイストをミックスした感じ?


振袖を着た女子高生の幽霊。氏の描く女の人って、異様なナマナマしさがありますね



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