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王様のアイディア

「不思議なお店」




 小学校低学年のころ。
 母親に「おもしろいお店があるから行こう」と言われて、わけもわからずに連れていかれたのが、新宿店だったか、それとも目黒の駅ビルの中の店舗だったか忘れましたが、「王様のアイディア」という風変わりなお店でした。

 今で言うところのアイデアグッズのセレクトショップなんですが、とにかく不思議な印象。店内はショップというより小さな博物館という感じで、狭いフロアには商品陳列棚がなく、代わりにガラス張りのショウウインド、というより展示スペースみたいなものがズラリと並んでいる。中には数々の不可思議な商品と、「それがなんなのか?」を説明してあるパネルが展示されていて、お客さんは博物館で恐竜の化石の展示を見るような要領で、商品を端から端まで「へぇ〜」とか「ふぅ〜ん」とか言いながら見て歩く。
 眺めているだけでも楽しい、というより、まさにウインドウショッピングそのものが主眼となっているような特殊なお店でした。

 なにが売っていたのかというと、ざっくり語ってしまえば「便利なモノ」と「変なモノ」。めちゃくちゃ小さいラジオ(当時としては)とか、ビックリするほど収納スペースがある財布とか、寝ながらテレビを見るためのメガネとか、両手を使わずに本が読める書見台とか。このあたりが「便利系」(便利かなぁ?)で、「変」の方は、かの「水飲み鳥」みたいな不思議玩具。それからブーブークッションのようなジョークトイも多かった。「100万円貯まる貯金箱」(あの缶のヤツね)なんかも昔から定番だったなぁ。

 運営していたのは金鳳堂というメガネ屋さんで、1965年に東京駅の八重洲口に1号店が登場。その後、新宿や吉祥寺、池袋や目黒、その他、神戸や大阪、札幌など、地方にも展開していったそうです。一時期の東京では「主要駅の地下には必ずある」みたいな定番ショップになっていましたが、残念ながら2007年に全店閉鎖……。

 僕は閉鎖の2年前、『まだある。玩具編』を書いたときに「水飲み鳥」の取材でお世話になっていたので、消滅のニュースを聞いたときにはけっこうショックでした。子ども時代の強烈な印象もあったし、またもや幼児期の思い出の場所がひとつ消えちゃったなぁ、と。

 ただね、懐かしいお店が消滅する際は常にそういうものなんですけど、「消える」と聞くとギョッとするものの、実際、自分だって長らく利用していなかったことに気づいたりするんですよね。考えてみれば、僕もオトナになってからは、ほとんど「王様のアイディア」に足を踏み入れることはなかった。
 ハンズやロフトなどができて、オシャレなアイデア雑貨類が定番化して以降、「王様のアイディア」で売られる商品はすごく古臭く見えるようになったし、あと、100均やドンキホーテとかとも、品揃えがモロにカブってたんですよね。
 新宿マイシティの「王様のアイディア」は駅の通路にあったので、通るたびにチラリと店内が目に入るんだけど、やっぱり90年代以降はガラ〜ンとしてたもんなぁ…。

 そういう時代とのズレも大きな敗因だとは思うんですけど、もうひとつの弱点は「王様のアイディア」が「売る」より「見せる」をテーマにしていたショップだった、ってのがあると思う。本当に楽しいお店で、子ども時代は親と何度も通ったけど、なにかを買った記憶がないんです(笑)。
 「わぁ、こんなのあるんだぁ、おもしろ〜い!」とウインドを見ているだけで終わっちゃう。そういうお客さんが多かったはず。「欲しいモノ」じゃなくて、「おもしろいモノ」ばかりが並んでいた。そこがよかったし、だからこそ純粋に「おもしろかった」し、お店にもすごく好感が持てたんですけど、「おもしろ〜い」と思うだけのお客はビジネスの継続のためにはなんの役にも立たないんですよね。

 だけどなぁ、僕は100均もドンキホーテも大嫌いで、店内に入るとドヨ〜ンとした気分になる。なんか、殺伐としているような気がするんです、コンセプトそのものが。

 同じものを売っていても、「ほら、なんか不思議で変なモノでしょ?」っていう見せ方をする「王様のアイディア」のあの独特の雰囲気。あれがとてもよかったな、という郷愁を今も強く感じちゃうんです。お金を落とさなかった役立たずの客のひとりとして。


*「王様のアイディア」の常連だったという方、できればこちらも一読して情報をお寄せください!

(2010.2.12)


正式名称は「王様のアイデア」じゃなくて、「アイディア」なんですね。









「王様のアイディア」と聞くと、パッと頭に浮かぶのがこの商品。「キッシングドール」とか「キッシングバンク」と称される気恥ずかしいオブジェ。「王様のアイディア」なき現在、もう買えないのかな?


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