初見健一のweb site * 東京レトロスペクティブ



山崎製パン「スペシャルサンド」

 「菓子パン史上最高峰の“美”」








 『まだある。』シリーズの第6弾に掲載したヤマザキ「スペシャルサンド」。
 個人的には、シリーズに収録した合計千数百のロングセラー商品のなかで、思い入れの強い順にベスト10をセレクトしたら絶対に上位にラインクインされるほど思いで深い商品です。

  ただコレ、流通量が非常に少ないんですよね。東京下町を中心に特定地域へポツポツと出荷している程度。実は僕自身、これがお店で実際に売られている光景を 見たことがありませんでした。『まだある。』取材時にも撮影用商品を入手することができず、山崎製パン本社におじゃまして現物を提供してもらいました。こ のレア度の高さも「スペシャル」感を強めています。

 が、先日、なぜかウチの近所のスーパーが突如として「スペシャルサンド」の販売をス タートしたらしく、数年ぶりに現物を目撃! もちろん店内でパニックを起こすほど興奮し、ワナワナと震えながら即座に購入しました。というわけで、こちら のサイトにもアップしたいと思います。

 この商品、1968年頃に発売された菓子パンでして、内容はいたってシンプル。
 中央に切れ目を入れたコッペパンにうっすらとアンズジャムを塗り、バタークリームをサンド、そして、この商品の「魂」というか、「スペシャルサンド」を「スペシャル」たらしめるルビーのような赤い玉(業界では「ハッピーチェリー」と呼ばれているゼリー)を飾る……。
 たったそれだけの要素で成立しているパンなんですが、なんというか、「菓子パン」という商品ジャンルの原初形態というか、「菓子パンとはこういうものである」という定義そのものを体現しているかのような“美”を創出しています。
 そのデザインは、これ以上手を加えることも、パーツを取り去ることもできない完璧な“黄金律”を形成しているだけでなく、目にした人、特に子どもの心に「わぁ、菓子パンだぁっ!」という喜びを完璧な形で与えられるように計算されつくされていると思います。

  子どもに「わぁ!」と言わせるビジュアルであること。それは本来、菓子パンには必須の条件です。正直、中央の赤玉はただ甘くてニチャニチャしているだけ で、パンともバタークリームともマッチしているとは思えず、まぁ、なくてもいい。っていうか、むしろないほうがいい。……なんてのは「腐った大人」の発 想。
 「スペシャルサンド」のように「子ども市場」が大きな市場を形成していた60〜70年代に生まれた菓子パンは、子ども目線でデザインされて いるもの、さらに言えば一種の「子どもだまし」的工夫が施されているものが多かったと思います。ただの無個性なクリームパンに、いかにして子どもたちの目 を惹きつけるか? 赤玉は、それを考えぬいた末の「子どもだまし」だったのでしょう。この「子どもだまし」こそ、駄菓子と一般食品の「隙間」に存在する菓 子パンという特異な商品が備えていなければならない特性です。
 ふっくらとした薄茶色のコッペパン、それを二つに分つ純白のバタークリーム、そして中央に鎮座する真っ赤なルビー。この三つの要素が揃っているからこそ、子どもたちは、少なくとも「昭和の子ども」たちは、「わぁ!」という歓声をあげるわけです。

 ところで、この文章を冒頭から逐一読んでくださった方は、「お店で実際に売られている光景を見たことがない」のに「スペシャルサンド」が「思いで深い商品」なのは変じゃないか? と思うかも知れません。
  そう、僕は別にヤマザキの「スペシャルサンド」そのものに思い出があるわけじゃないんです。このバタークリーム+赤玉というデザインの菓子パンは、おそら く70年代の後半くらいまでは、固有の商品ではなく、「ありがちな菓子パン」として各パンメーカーが製造していましたし、各地で自家製パンを売る個人経営 のパン屋さんなどでも売られていました。現在の「アンパン」「クリームパン」「ジャムパン」みたいなものだったんです。

 僕が育った恵比 寿駅前にも、木枠のショーウインドウにさまざまな自家製パンを並べて販売する昔ながらのスタイルの「明花堂」というパン屋さんがあって、その店の一番人気 がバタークリーム+赤玉の菓子パンでした。商品名は単に「クリームサンド」だったと思います。赤玉もチェリーに似せたゼリーではなく、本物のシロップ漬け チェリーでした。
 この「クリームパン」がウインドウ内にズラッと並んだ光景は抗えないほど魅力的で、親に「おやつのパンを買っていらっしゃい」 なんてお使いに出されたとき、「いっつも『クリームパン』ばかり買ってるから、今日はコロッケパンか焼きそばパンにしよう」なんて決意して出かけるんです が、ウインドウの前に立つと決意が揺らぎまくり、結局は毎回「えーと、『クリームパン』ください」と言っていました。店のおばさんがトングで挟んで白い薄 紙の袋に入れて持たせてくれるんですが、運がいいとパンが焼きたてで、紙の袋の上からほんのりとパンの温かさ伝わってきて、ほのかに甘い香りが立ちのぼり ました。

 「名花堂」はとっくの昔になくなっちゃいましたし、ああいう対面式(今のケーキ屋さんみたいなスタイル)のパン屋さんもほとん ど見かけなくなりましたが、「スペシャルサンド」を目にすると、当時のアレコレの記憶とともに、子どもが菓子パンに接したときの「わぁ!」という独特の気 分ムラムラとよみがえってきます。

(2011.10.28)


商品名のわりには、あまりスペシャル感が感じられない控えめな外観




袋から出してみても、なんの変哲もないただのコッペパン。地味すぎです




しかし、パンの切れ目をちょっと開いてみると…… あっ!




わーい、わーいっ!


初見健一のweb site * 東京レトロスペクティブ



アクセス解析

inserted by FC2 system