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梅田英俊『嘘曼陀羅』

“変な絵”の記憶







 今回もまた誰からの共感も得られないネタなんですけど…。

  ずっと気になっていて、ことあるごとに思い出しては「今度調べてみよう」なんて考えるんだけど、結局、いつもそのままになっちゃってる記憶……ってありま すよね? この記憶、それを「懐かしい」と思いはじめた中学生くらいのころから、実に30年間も「そのまま」にしちゃっていた案件です。

  幼稚園に入る前のことだったと思います。だから60年代後半から70年代初頭のころ、我が家では朝日新聞社のグラフ誌『アサヒグラフ』を定期購読していま した。当時の僕は毎号、この雑誌が楽しみで、本屋さんから配達されると親よりも先にページを開いていました。別に3歳のガキが社会派の報道記事に関心が あったわけではありません。この雑誌の巻末あたりにあった見開き掲載のイラストの連載に魅了されていたんです。

 細密画のようなタッチで 描かれたシュールかつグロテスク、それでいて少々ユーモラスな図版。毎回、突拍子もないアイデアと構図で、見ているうちに自分の心のなかも周囲の世界も、 グニャ〜ッとねじれてしまうような気分を味あわせてくれました。雑誌が届くとまっさきにそのページを開き、いつまでも飽きずに眺めている僕を見て、母親は かなり不気味がっていたと思います。

 特にまざまざと覚えているイラストあります。
 苦悶の表情を浮かべた人間が片手で惑星 (?)のようなものをムンズとつかんでいるんですが、もう一方の手に握った刃物で、その手をスパッと切り落とす……というよくわからない状況を描いたもの で、幼児だった僕はこの絵を「うわ〜っ」と思いながら眺めました。切り株みたいな切断された手の切り口から血がピチャッと飛び散っていたことまでハッキリ と覚えています。

 あの連載っていったいなんだったんだろう? どういうコンセプトのページだったんだろう? ときおり思い出しては気になっていたんですが、特に調べてみることもなく放置。 ついこの間、またふと思い出してググってみたところ、すぐにモロな情報がヒットしました。

 『嘘曼陀羅』 梅田英俊・作

 というのが、その問題の連載のタイトルでした。そうそう、「まんだら」っていう言葉は確かに入っていた。
 スタイルとしては、かなりブラックな風刺を利かせた「ひとコマ漫画」+ショートショート小説の組み合わせで、イラストもテキストも「漫画家」(いわゆるコミック作家ではなく、古典的な意味での「漫画」を描く画家)である梅田英俊さんの作品でした。
 で、この連作をまとめた文庫本が1983年に角川から出ているとのこと。とっくに絶版していますが、古本で探して購入してみました。
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 う〜、懐かしいっ! これこれ、この雰囲気!  文庫のサイズと印刷クオリティの問題でちょっと迫力に欠けちゃってるけど、確かにこれです。

  読み返してみると、この連載、いかにも60〜70年代ならではの感じなんですよね。オトナ文化が雑誌などのメディアにしっかり息づいていて、オジサンの 「捻くれ」と「気難しさ」みたいなものに一定の価値が与えられていた時代。今の感覚では「ちょっとなぁ」と苦笑しちゃう部分もあるんだけど、こう、なんて いうかな、開高健とか小松左京とか阿刀田高とか、そういう「高度成長期おじさんの充足感」みたいな。純文学ではなくて、あくまで大衆文学における「上質」 のイメージ。サントリーのCMっぽさっていうか。サイドボードの前でパイプふかしながらウイスキー飲んでる、みたいな。

 この美意識、僕らは間に合わなかったなぁ、とつくづく思います。子ども時代は大人ってこういう雰囲気の中で生きるもの、と思っていたけど、僕らが大人になった時にはすでに消えていましたね、この価値観。

 この連載、あるとき急に終了しちゃって、親にしつこく「なんでアレがなくなっちゃったの?」とたずねた覚えがあるんですが、どうも深刻なトラブルがあったようです。梅田英俊氏のHPに、次のような説明がありました。どうりで……。

「ド本気でやった“嘘曼陀羅”シリーズの1作品の内容が、ある強力な方面で大反発され、それが因で私は漫画界での仕事をアッと云う間もなく全面的に失った。」

  「嘘曼陀羅」終了後は、「わが家の夕めし」というタイトルで、有名人の晩御飯をひたすら紹介するコーナーがスタートしました。当時の僕は「なんてつまらな いモノが始まったんだ!」とショックを受けたんですが、このコーナーも後に文庫にまとめられ、朝日文庫から刊行されています。すでに絶版になっているんで すが、当時の食生活や居住空間の雰囲気がリアルに記録されていて、こちらもめちゃめちゃおもしろいんです。
(2012.3.8)


角川文庫『嘘曼陀羅』/梅田英俊




これこれ、僕の記憶の中にずーっとあったトラウマ図版。
「立場」なんてタイトルだったんだなぁ……







 



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