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山下公園(恵比寿東公園)/恵比寿 その2
「不思議な遺跡」
*関連トピック:山下公園(恵比寿東公園)その1




 恵比寿が「町」から「オープンスペースの巨大商業施設」に変貌を遂げた90年代以降、それまで無数の恵比寿っ子を育ててきた山下公園(正式名称は恵比寿東公園、通称タコ公園)は主役である子どもたちを失って、真空地帯のようなデッドスペースになってしまいました。

  なのに数々の遊具は、今も公園内に昔の姿のままで点在しています。僕の幼少期にあったものが、多少補修されたり、色を塗り替えられたりしているだけで、不 思議な遺跡のように残っている(*1)。30数年前、僕はこの遊具に触れたんだなと思うと、なんだかくらくらしてしまいます。


 この公園の主役は、なんといってもシンボルになっているタコのすべり台。
 タコの足をつたって登るだけでなく、空洞になっているタコの体内にも入ってゆけるのがこの遊具のポイントで、一番大きなトンネルからタコの頭部に到達す るのは、3、4歳の子供には至難の業でした。この急斜面を克服できたのは、たぶん幼稚園の年長に上ってからだと思います。




 僕がもっとも多用したのは、おそらくブランコ。どこにでもある遊具ですが、山下公園には2セットのブランコがあって、なぜか中央のブランコは「ジャンプ用」、北側のブランコは「石拾い用」と、子どもたちの間で暗黙のうちに用途が決められていました。


 「ジャンプ」とは、思いきりこいだ状態のブランコから飛び降りる遊び。飛距離を競う。年長の「お兄さん」などは、立ちこぎでジャンプし、ブランコ前の柵をも跳び越えたりして、チビッ子の尊敬を一身に集めていました。思えばかなり危険な遊びです。


 「石拾い」とは、プレイヤーの一方がブランコをこぎながら地面に手を伸ばし、なるべく離れた場所に石を置く。もう一方はブランコをこぎながらそれを取 る。それぞれがこの攻防を繰り返し、相手が取ることのできない場所に石をセットできた方が勝ちとなります。足をブランコの板にひっかけて体を地面スレスレ まで倒し、手長ザルのような格好のアクロバティックなライディングポジションが必須。



 そしてコンクリートの機関車。先頭車両に潜り込んで運転 手気分にひたって楽しむ、もしくはポン、ポン、ポン、と各車両の屋根を飛び石風にわたっていく遊びが定番。雨上がりの日などはツルッと滑ってコブをつくっ てしまいます。僕もこれに失敗し、頭の後ろから喉の内側がポワ〜ンとしびれたようになる脳しんとうの感覚を何度か味わっています。

 また、客車の壁は「壁野球」に活用されることも多かった。「壁野球」とはごくローカルなゲームで、打者がバットを振る代わりに壁にボールを打ちつけ、跳ね返ったボールを打球とみなすミニベースボール。


 この機関車にはちょっとした思い出があります。

 小 学校低学年のころのある日の夕暮れ、一人で公園を横切ろうとしたら、機関車の窓から誰かが首を出してこちらを見ていました。なんだか妙な気がしました。な んというか、のぞいている顔の様子が、どうも妙なんです。公園を出るときにもう一度ふり返ってみると、窓から出ている首につながっているべき体が見えな い。
 「嘘ッ!」と思って目をこらしました。暗くてよく見えませんが、確かに体がない。しかし、窓からは顔がのぞいている。その目はこちらを確かに見ています。
 ぞぞぞぞぞ、と背中に鳥肌がたちました。走って家に帰り、母にそのことを告げます。母は笑って、「生きてる生首? 本当にあるなら見たい」と言います。二人で公園に戻りました。遠巻きに機関車を眺めてみます。
「ほら、やっぱり誰かいるでしょ?」
「どこよ?」
「あそこだよ。あそこの窓」
「なんだか暗くて見えないわね」
 母親が無造作に近づいた瞬間、あの顔がくるっと動きました。「あ!」と僕は叫びました。母もさすがに驚いて、ジャッと足下の砂利を鳴らして立ち止まりました。
 窓からぴょんと飛び降りてきたのは、汚い茶色の体をした大きな猫でした。


(2209.2.11)





*

(*1)なくなってしまったのはご多分にもれず、例の4人乗り箱型ブランコ。一時期に事故が多発したとかで(とい うより、「子供がケガをしたのは遊具が悪い」と自治体にクレームをつける親が増えた、ということなのでしょう)、少なくとも都内の公園で見かけることはか なり少なくなりました。
 活用しがいのある遊具で、通常のようにきちんとベンチに座り、床を足で押してこぐだけで心地のよい揺れが楽しめたし、ベンチの上にあがっての立ちこぎ、 さらに横向きに立ってカニのように左右の足を動かし、ブランコ全体がつぶれた平行四辺形のようになるまでこぐ、なんていうスリリングな楽しみ方も常道でし た。
 しかし、多くの場合、僕たちの間では箱型ブランコは一種の「喫茶店」「休憩所」のようなものだったと思います。近所のタバコ屋や駄菓子屋で買ったジュー スやお菓子を、ブランコの上で友人と談笑しながら味わうんです。ちょっとした個室のようなたたずまいが、こういう談笑にちょうどよかった。おまけに、 ちょっと足を動かせばゆったりと揺れるというオプションが、なんとなく「電車のなかで駅弁を食べる」的な快楽を感じさせてくれました。




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